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気持ちは西三河

全部フィクション 中の人@asarigawara

ONIGAWARA「Shake it!」の茶番を小説っぽくしてみた

 一体、何の匂いなのか? 甘い匂いがやわらかく漂った、雲に似たスモークがさながら湯気のように立ち込める薄暗いそこに、眼鏡をかけた背の高い細身の男が、驚いたようすで呆然とたたずんでいた。

「僕の名前はサティフォ……僕はいま、どこか知らないところに来てしまったみたいだ」

 サティフォ。男はそう名乗った。せわしなくたかれているスモークの奥から、体格のいい坊主頭の男が、飯を探す獣のような鋭い眼光で、サティフォを見つめている。男もまた、眼鏡をかけていた。

「ここはどこ……」寂しそうな声でサティフォがそう呟く。

「いやあ、サティフォくん。俺は伸也」

 坊主頭の男が、そう言いながらスモークの奥から鮮烈に現れた。彼の名前は伸也というらしい。

 憂えた面持ちのサティフォが伸也に向かって軽く頭を下げると、伸也は片手に持っていた赤色のスナップバックキャップを後ろ向きにかぶって、軽く微笑みかけてみせた。が、そんなことでサティフォの心細さが安堵へ変わるはずもなく、ただただ、この場所、この状況への不信感が募るだけであった。

 慣れない匂いに嗅覚が揺さぶられる。煙たい。突然やってきた非日常に、妙に焦れこんでいるようすのサティフォを見かねた伸也が、話し始めた。

「そしてここは、ONIGAWARAの素敵なライブ……いや、ここでは"GIG"と呼ぶんだ」不思議そうなサティフォを尻目に続ける。「いまは素敵なGIGの真っ最中なんだ。君は、初めてかい?」

 よくわからない人のライブに気づいたら来ていた。何故この人なのだろう? 思わず寒心し、何度も出口のドアが見える後ろを向くサティフォだったが、スモークがすこしだけ弱くなって、煙たさに目を細めていたその先に布袋寅泰モデルのエレキギターが、一本見えた瞬間、不安げな表情がやにわに明るくなった。

「うん、初めてだよ」

 伸也からの問いかけに対し、ついさっきまでとは打って変わって、明るく元気な声色で返事をする。

「伸也くん、その手に持っている棒は、何?」名前を呼ぶ余裕までできていた。

「ああ、これかい? これは、『ペンライト』っていうんだ。こうやって振ると……」

 伸也が橙色に光るペンライトをあらゆる方向に振ってみせると、サティフォはあまりの美しさに唾をのんだ。まるで買ってもらったばかりの玩具やゲームに見惚れる子供のようだった。

「うわあ! すごい! 魔法みたい……でも僕、それ、持ってないよ」

「しょうがないなあ。そぉーれ!」

 伸也は怪しげな笑みをたたえると、物寂しそうに両手を見つめるサティフォに向かって、ペンライトを大きく、下から上に向かって振った。すると一瞬にして、サティフォの両手に、まばゆい光を放った、赤色と青色のペンライトが現れた。

「うわあ! 僕にもペンライトが」

 突如両手に現れたペンライトに瞠目し、驚いた顔のサティフォが、自らの手元で光るそれを、じっと見つめる。

「さあ、振ってみておくれ」

 サティフォが、小さく頷いた。

「よぉし、いくぞ! えいっ」伸也を真似て、二本のペンライトを振る。「すごぉい」

 辺りをまぶしく照らす二つの光に、そして、嬉々としてペンライトを振るサティフォの姿に、伸也の心は強く惹きつけられた。

「おお。君は、ガワラー……つまり、ONIGAWARAの一員になれる素質があるようだね。そんな君には、これをプレゼントしよう」

 伸也がまた、サティフォに向かい、下から上へとペンライトを振った。左肩に突然重みを感じ、サティフォが思わずペンライトで体を照らすと、ステージにあった布袋モデルのエレキギターが、白いスウェットシャツのウエストから、タイトなデニムパンツの腿に覆いかぶさり、もはや身体の一部と化していた。

「これはギター! でも僕、弾けないよ」首をかしげながらサティフォが言う。

「だいじょうぶ。俺に任せて」

 伸也が脇腹のあたりでペンライトを回転させる。次の瞬間、ギターを弾くことができないはずのサティフォが、慣れた手つきでコードを押さえ、勢いよく弦をはじき、その心地よい音色が会場中に轟きわたる。

「手が勝手に動く」

 恍惚とした表情を浮かべながら、うつむいて、ギターを眺める。サティフォは純然たる少年時代に戻っていた。

「さあ、その手で、ギターをかき鳴らすんだ。行けるか? イッツショータイム!」

 伸也が激しい口調で、サティフォと観客の心に火をつけた。サティフォが黒いレトロランニングシューズでエフェクターを踏むと、少し歪んだギターソロが、興奮に沸く会場をさらに刺激した。

 フロアから放たれる、魔法のように猛烈で、鮮麗な光彩が、二人を大きく包んだ。

 

 

おしまい!